第9回 VET向け症例検討会 page02
解説編
数日前から悪臭のある血尿を排泄し、頻尿を呈する犬
【症例提供と実際の治療法の解説】栗田 吾郎 先生(獣医臨床感染症研究会理事)
【集計結果の解説とコメント】村田 佳輝 先生(獣医臨床感染症研究会会長)
【症例】犬種:雑種 年齢:15歳 性別:去勢雄 体重:15.5kg
【先生方からの回答の集計結果に関する解説とコメント(前半)】
はじめに:尿路感染症治療の進め方
【図1】尿路感染症治療のフローチャート
尿路感染症の治療はフローチャート【図1】の要領で進めます(村田佳輝 犬と猫の腎泌尿器疾患(後編:内科的治療) MVM ファームプレス(東京)2018 : 33-45 )。
すなわち、①尿沈渣の原因菌塗抹を染色する。②エンピリック治療を行うと同時に薬剤感受性試験を依頼する。③感受性試験結果を見てディフィニティブ治療に移行する。この順で治療を進めていきます。なお、ディフィニティブ治療では薬剤の濃度依存性や時間依存性を考慮して抗菌薬を選択します。
それでは、設問1から順番に解説します。
【設問1】[初診日に行う細菌学検査は?]の集計結果について
【図2】設問1初診日の細菌学検査
【表2】犬猫の尿路感染症における菌種別分離頻度
はじめに、設問1では25%の先生方が「特に検査はしない」と回答されていましたが、染色による細菌学検査と「犬猫の尿路感染症における菌種別分離頻度【表2】」(以下、菌種別分離頻度)を照らし合わせればグラム陽性・陰性、球菌・桿菌など菌種を推測でき抗菌薬の選択に役立つ情報が得られます。つまりエンピリック治療の精度を高めることができるので、グラム染色の実施を推奨します。
なお、ディフクイック染色は、ライト・ギムザ染色の迅速法なので45~60秒で完了することが利点で、桿菌・球菌のみの区別や赤血球・白血球の核形状、細菌の貪食像などの確認には優れています。
ただし、グラム陽性菌も陰性菌も濃い紫色に染まるため区分は困難です。グラム染色のフェイバー法は、ディフクイック染色より時間がかかりますが、4分程で染色が終了します。
【設問2】[初診日に処方された薬剤と投与回数は?]の集計結果について
【図3】設問2初診日に処方された薬剤
【図4】設問2の集計結果(投与回数に関する集計)
【図5】セフェム系抗菌薬の使用頻度とメチシリン耐性ブドウ球菌(MRSIG)の分離頻度の推移
グラム染色の結果と「犬猫の尿路感染症における菌種別分離頻度」【表2】から判断すると、グラム陰性桿菌は大腸菌、クレブシェラ、プロテウスが推測されます。
フローチャート【図1】に当てはめてエンピリック治療を開始する場合は大腸菌、クレブシェラ、プロテウスのすべてに有効と考えられる広域スペクトルの抗菌薬の選択が考えられます。
犬猫の尿路感染症治療の手引書(辻本元 他 犬と猫の治療ガイド2015(私はこうしている) インターズー(東京)2015 : 395-397 )では、単純性下部尿路感染症の犬には、起炎菌がグラム陰性菌の場合、ST合剤、セファレキシン、キノロン系が推奨されていますので、これらの薬剤の選択も考えられます。
今回の回答では、キノロン系、ペニシリン系、第一世代セフェム系が多く選ばれていました【図3】・【図4】。ただし、ペニシリン系はクレブシェラに無効のため、他の選択肢がより望ましいと考えられます。
第三世代セフェム系には、動物薬では1日1回投与のセフポドキシムや14日分をワンショットで投与するセフォベシンがありますが、近年、犬、猫の領域ではこの第三世代セフェム系の耐性菌増加が問題視されていますので、使用には十分注意が必要です。栗田らは、第三世代セフェム系の耐性菌の増加が懸念された2014年から4年間、病院内での第三世代セフェム系使用頻度を6.8%から0.1%に大きく減少させ、セフェム系抗菌薬の耐性菌分離頻度が大幅に減少した結果を得ております。さらに、セフェム系以外の抗菌薬の耐性菌も大きく減少することがわかりました【図5】(Kurita et al. J Infect Chemother. 2019 ; 25 : 531-536)。
キノロン系は、Cmax/MICが薬効に相関する濃度依存性薬剤とされています。エンピリック治療で使用される際には高用量で短期間投与し、漫然と使い続けないことが大事です。つまり、SIDで1回当たりの投与量を多くすることは、PK/PD理論上は効果的な投与方法と言えます。
また、キノロン系を高用量で使用する際には、子犬の関節毒性や猫の網膜変性などがまれに起こると報告されていますので、安易な長期連用は避けるべきでしょう。
【設問3】[初診日に処方された薬剤の選択理由は?]の集計結果について
【図6】設問3抗菌薬の選択理由
【表3】犬猫の尿路感染症由来菌に関するアンチバイオグラム(提供:栗田動物病院)
初診日の抗菌薬の選択理由【図6】では、「これまでの経験から」の回答が最多でした。経験つまりエンピリックには様々な意味が含まれると思いますが、まだ起炎菌が同定されていないときは、広域スペクトルの抗菌薬投与が推奨されます。ただし、エンピリック治療は薬剤感受性試験結果によって、後に起因菌に抗菌力がある狭域スペクトルの薬剤に変更するディフィニティブ治療に移行します。今回の症例は、グラム陰性桿菌が認められており、グラム陰性桿菌には、有効な抗菌薬が少ない緑膿菌が含まれることも念頭に置く必要があります。またペニシリン系、セフェム系のβ-ラクタムに対する耐性菌の可能性もあるため、両方の耐性菌に効果が期待できるキノロン系やアミノグリコシド系が選択されると思います。
また、「使用する抗菌薬は病院で決めている」の回答も多かったのですが、病院ごとにアンチバイオグラム【表3:一例】を作成しマニュアル化することをぜひお勧めします。アンチバイオグラムは外注による作成(【表3】は(株)サンリツセルコバ検査センターの作成)も可能です。なお、細菌の感受性は年々変化していきますので、アンチバイオグラムは数年おきの見直しが必要です。
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