第9回 VET向け症例検討会 page03


解説編
数日前から悪臭のある血尿を排泄し、頻尿を呈する犬

【症例提供と実際の治療法の解説】栗田 吾郎 先生(獣医臨床感染症研究会理事)
【集計結果の解説とコメント】村田 佳輝 先生(獣医臨床感染症研究会会長)
【症例】犬種:雑種 年齢:15歳 性別:去勢雄 体重:15.5kg


【先生方からの回答の集計結果に関する解説とコメント(後半)】

【再来院日(第6病日)の情報】

飼い主からの稟告

尿の色と臭いはあまり変わっていない。薬は飲ませたが、投薬が難しかった。

尿検査

初診日よりやや改善したが薄い赤色尿である。

尿沈渣の顕微鏡検査

初診日と同様のグラム陰性桿菌が多数認められた。

外部委託検査

初診日の尿沈渣に関する細菌同定検査、薬剤感受性検査の結果は、第8病日に報告される予定。


【設問4】[再来院日に処方された薬剤と投与回数は?]の集計結果について

【図7】設問4の集計結果(薬剤選択・投与回数に関する集計について)
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再来院の第6病日には感受性試験結果が得られていないので、ここでもエンピリック治療をする必要があります。顕微鏡検査所見でグラム陰性桿菌が認められましたので、初日に処方した抗菌薬が効いていないことが推測されました。これらに鑑み緑膿菌を疑った場合はキノロン系、アミノグリコシド系の選択が考えられます。「初診日に処方した薬剤を第8病日(検査結果が出るまで)まで継続する」と回答された先生もいらっしゃいましたが、症状あるいは尿検査結果が改善しない場合は、耐性菌か抗菌薬が効かない起因菌を疑って、薬剤を変更するのがよいでしょう。

最も回答数の多かったキノロン系は、β-ラクタムと異なる系統であること、経口吸収、尿中移行などが良好でβ-ラクタマーゼ産生菌にもある程度の効果がある(ESBL産生菌には殆ど効きません)ことが知られていますので、本系統の選択は最も妥当と考えられます 【図7】 。ただし、キノロン系も他の系統と同様に耐性菌に対して同系統の薬剤間で交差耐性がありますので、例えばオルビフロキサシンで耐性だった場合はエンロフロキサシンに変更してもあまり意味はありません。他の系統の薬剤にする方が良いでしょう。

またβ-ラクタマーゼ産生菌を疑った場合は、β-ラクタムと異なる系統のキノロン系、テトラサイクリン系、ST合剤などの選択も考えられます。

テトラサイクリン系はβ-ラクタムとは異なる系統でESBL産生大腸菌の約80%に有効ですが、主要排泄経路が胆汁ですので尿中濃度には注意する必要があります。

ST合剤もβ-ラクタムと異なる系統でESBL産生大腸菌の約60%に有効です。また、主要排泄経路も尿であり尿中濃度が十分に上がりますので、ときに効果を発揮します。

第三世代セフェムは一部のβラクタマーゼ産生菌にも効果がありますが、ESBL産生大腸菌菌株には全く効かないとの報告もありますので、ESBLを産生しないペニシリン系の耐性菌あるいは第一世代セフェム系に対する耐性菌などの場合に絞って使用すべきと考えます。

カルバペネム系とペネム系は、名称は似ていますが全く別系統の抗菌薬で、カルバペネム系注射剤は、緑膿菌に抗菌力がありますが、ペネム経口剤のファロペネムは緑膿菌には全く効きません。

なお、カルバペネム系は人でも使用が厳しく規制されているので、獣医療においても本系統の使用は特別な場合を除き控えるべきと考えます。


【設問5】[再来院日に処方された薬剤の選択理由は?]の集計結果について

【図8】設問5の集計結果(抗菌薬を変更する理由)
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【表1】第8病日に入手した薬剤感受性試験の結果 
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先生方のご回答で最も多かったのは、「初診日の処方薬と別系統の抗菌薬」でしたが、別系統の抗菌薬に変更することは、この時点では適切なご判断と思われます【図8】。

次に抗菌薬選択時考慮する安全性ですが、ペニシリン系、セフェム系、CVA/AMPCでは、高用量を長期間連投すると下痢の起こることがあるといわれています。また、アミノグリコシド系ではまれに腎臓障害が発生することがあります。ホスホマイシンは、猫ではかなりの頻度で腎臓障害が発現すると言われていますので、注意してください。

第8病日の薬剤感受性試験結果【表1】では、本症の原因菌が分泌するβ-ラクタマーゼはESBLでないことが示され、原因細菌はESBL非産生大腸菌であると判明しました。

この原因菌は、キノロン系、アミノグリコシド系、ST合剤、ホスホマイシンに対し感受性を示しましたので、これら感受性を示した抗菌薬の中で比較的狭域スペクトルの抗菌剤を選択してディフィニティブ治療につなげるべきと考えます。


【設問6】[内服薬投与が困難な場合はどの様な工夫をしていますか?]の集計結果について

【図9】設問6投与が困難な場合の工夫 
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近年の人や動物で耐性菌が増加している背景には、抗菌薬の使い方に問題があったと言われています。

耐性菌を防ぐには、各薬剤の特徴に応じた投与が重要になってきます。例えば、時間依存型のアモキシシリン、セファレキシンに関しては、最低でも必ず1日2回投与して血中濃度が有効濃度以下にならないようにして、耐性菌を出さないように注意しましょう。

また内服薬投与が困難な場合は「おやつやフードに混ぜて投与する」との回答が多く、先生方も苦労されていると思います。最近では投与が簡便にできる嗜好性の高いフレーバー錠が発売されており、フレーバー技術もどんどん進歩していますので、私たち獣医師の大きな武器となるかも知れません。

また、「注射剤がある時は注射剤にする」との回答も多かったのですが、β-ラクタム系注射剤は、PK/PD理論に基づいて投与時間と回数を設定する必要があります。つまり注射剤は、動物病院で連日決まった時間に投与することが前提となります。内服薬が投与できる状態であれば、注射剤より投与時間が遵守しやすいので、内服薬が効率的と考えられます。


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