第9回 VET向け症例検討会 page01
解説編
数日前から悪臭のある血尿を排泄し、頻尿を呈する犬
【症例提供と実際の治療法の解説】栗田 吾郎 先生(獣医臨床感染症研究会理事)
【集計結果の解説とコメント】村田 佳輝 先生(獣医臨床感染症研究会会長)
【症例】犬種:雑種 年齢:15歳 性別:去勢雄 体重:15.5kg
【初診日(第1病日)の情報】
- 身体検査所見
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膀胱壁が肥厚している。膀胱の触診時に不快感を示す。尿貯留は無い。
- 飼い主からの稟告
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4-5日前から悪臭のある血尿を排泄するとともに1日の排尿回数が7-8回になっている。食欲・飲水欲は正常。
- 血液化学検査
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16の全主要検査項目において基準値範囲内。
- 外部委託検査
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細菌同定検査、薬剤感受性検査。
- 血液検査(CBC)
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赤血球 検査結果 赤血球数(106/μL) 6.79 ヘモグロビン(g/dL) 12.6 ヘマトクリット(%) 37.7 MCV(fL) 55.5 MCH(pg) 18.6 MCHC(%) 33.4 白血球 検査結果 白血球数(/μL) 9100 好中球数 Band-N 好中球数 Seg-N 7007 リンパ球数 1820 単球数 182 好酸球数 91 好塩基球数 血小板 検査結果 血小板数(103/μL) 205 注:青字;基準値未満の値
黒字;基準値範囲内の値
- 尿検査
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尿 検査結果 色 暗赤色 清濁度 やや混濁 臭気・腐敗臭 + 比重 1.020 pH 7.0 尿蛋白 ++ 尿潜血 +++ 糖 - 尿沈渣 検査結果 RBC 多数 好中球 多数 上皮細胞 NT 結晶 NT 円柱 NT 細菌検査 検査結果 グラム陰性桿菌 多数※ ※好中球による貪食像あり
注:赤字;異常所見、黒字;基準値
- 尿沈渣の顕微鏡検査
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【再来院日(第6病日)の情報】
- 飼い主からの稟告
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尿の色と臭いはあまり変わっていない。薬は飲ませたが、投薬が難しかった。
- 尿検査
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初診日よりやや改善したが薄い赤色尿である。
- 尿沈渣の顕微鏡検査
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初診日と同様のグラム陰性桿菌が多数認められた。
- 外部委託検査
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初診日の尿沈渣に関する細菌同定検査、 薬剤感受性検査の結果は、第8病日に報告される予定。
実際の診断
本症例の問題編(前ページ)に示した初診日(第1病日)における身体検査所見、血液化学検査所見、血液検査所見、尿検査所見、尿沈渣の顕微鏡検査所見から、「グラム陰性桿菌による下部尿路感染症」と診断しました。なお、腰椎のL4-5で椎間板突出が確認され、右後肢にナックリングが認められていることが、尿路感染症に何らかの悪影響を与える可能性があると推察しておりました。
実際の治療
第1病日:
抗菌薬としてはクラブラン酸(CVA)/アモキシシリン(AMPC)配合錠(含有量:CVA 62.5mg、AMPC 125mg)とアモキシシリン錠(AMPC 250mg)を各1錠1回に投与することにして、それを1日2回(BID)5日間連続投与しました。抗菌薬の1日当たり投与量は、AMPC 48.4mg/kg、CVA 8.1mg/kgとなりました。
また、併用する止血剤として、トラネキサム酸錠(250mg)1錠をBIDで5日間連続投与しました。
第6病日(再来院日):
尿の色調はやや改善していたものの、沈渣の顕微鏡検査で初診時と同様のグラム陰性桿菌が多数見られたことから、ここまで使用した抗菌薬が効いていないと考えました。そこで、これまでの系統と異なるキノロン系抗菌薬のオルビフロキサシン(OBFX)に変更することにしました。なお、「家庭での内服が困難である」とのご家族のお話を聞いて、錠剤ではなくオルビフロキサシン注射液の1.5mL(OBFX 75mg)の1日1回(SID)皮下投与としました。OBFXの1日当たり投与量は、 4.8mg/kgとなりました。
第8病日:
外部委託検査機関の細菌同定試験、薬剤感受性試験の結果を入手しました。
その結果、起因菌は第三世代セフェム系に対して耐性を示した一方で、第一世代セフェム系、第二世代セフェム系、オキサセフェム系には耐性を示さなかったこと、更にはクラブラン酸で阻害されなかったことから、この菌の分泌するβ-ラクタマーゼは、基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)でないことが示唆され、最終的に検査機関によりESBL非産生大腸菌と判定されていました【表1】。
このESBL非産生大腸菌は、キノロン系、アミノグリコシド系、テトラサイクリン系の抗菌薬に対し耐性化していませんでした。以上の結果から、感受性供試薬レボフロキサシンと同系統のキノロン系であるオルビフロキサシン注射液を第8病日以降も継続投与することにしました。
第10病日:
血尿および頻尿所見の消失に加え、尿沈渣の顕微鏡検査において、桿菌の消失も確認されました。しかし、高齢であることから、万一の再発を避ける目的で第12病日までオルビフロキサシン注射液を継続投与しました。(結果的に本注射液は1日1回、7日間連続投与したことになります。)
第13病日:
尿中細菌の消失確認の目的で、血液寒天培地を用いて37℃で3日間、尿の細菌培養(院内検査)を実施しました。
その結果、細菌の発育が全く認められなかったため、この日、ご家族様に、治療のひとまずの終了をお知らせしました。
第23病日:
来院された際に、採尿し細菌培養を行った結果、細菌の発育が見られませんでした。
第26病日:
「細菌の再増殖および再感染の無いこと」および「尿路感染症症状の再発現の無いこと」を確認して、本治療を終了としました。
【栗田吾郎先生のコメント】
今回「薬剤感受性試験成績の入手日に再来院日を設定します。薬剤の変更は、感受性試験成績を見て行います。」と回答された先生がいらっしゃいました。第8病日の検査結果に基づいた薬剤変更は、細菌性尿路感染症の軽症例では時間的余裕がありますので妥当と考えられます。
しかし、当院では、International Society for Companion Animal Infectious Disease(ISCAID)ガイドラインに基づき抗菌剤の処方は3日から5日分として、第6病日の来院を指示しています。
そして初診日にエンピリック治療を行うに当たっては、「グラム染色の結果、病院のマニュアルあるいはアンチバイオグラム」を参考にして、無効な可能性のある抗菌薬をできるだけ避けて治療を開始します。
これは「短期間での治癒」、「耐性菌を増やすリスクの低減」につながると考えられます。
以上のことから、尿路感染症では採尿し、グラム染色し、その結果に基づき最も有効な可能性の高い抗菌薬を処方するようにしています。
今回は、第6病日の尿沈渣のグラム染色の結果で初診日と同様にグラム陰性桿菌が多数認められたため、処方したβ-ラクタム薬が効いていないと考え、さらに、飼い主様が経口投与に難色を示していることから、薬剤感受性試験結果入手2日前にキノロン系注射剤に変更することにしました。
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先生方が日常診療でよく遭遇する症例について、全国の先生方がどのような治療方針で臨まれているかを共有できる場です。設定された症例に対して多くの先生方から処方などのご意見をいただき、集計。出題・監修をいただいた先生に解説していただいています。
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