第8回 VET向け症例検討会 page02
集計結果と解説
僧帽弁閉鎖不全症の犬において、重度の左心拡大と肺水腫が認められる症例
【出題・監修】福島 隆治 先生(東京農工大学 動物医療センター長)
【症例】チワワ 11歳1カ月 雄(去勢済み)2.4kg
【設問1】「提示症例において、まず先生がお考えになる薬物治療を下記から選択し、投与量などを記入してください(複数回答可)」の集計について
99%の先生方が経過観察(このまま様子をみる)ではなく、何かしらの薬剤の増量や追加投与を選択されました。理由として肺水腫の改善が多く挙がっていました。増量および追加薬剤比率(重複回答あり)は、フロセミド37%、ピモベンダン60%、アンジオテンシン変換酵素阻害剤(以下ACEI)74%、その他薬剤追加52%で、最も多くの先生がACEIの追加を選択されました。
本患者はLA/Ao、LVIDdNならびにVHSの値からガイドラインのステージB2以上であることがわかります。また、胸部レントゲン像から肺水腫の存在が明らかです。よって、ステージC以上になります。ここで注意すべきなのは肺水腫の捉え方です。日本呼吸器学会【表1】と日本循環器学会【表2】の肺水腫に関する記載に鑑みながら考えていきます。
【表1】日本呼吸器学会 呼吸器の病気改定版(一部抜粋)F-03 肺水腫
概要:毛細血管から血液の液体成分が肺胞内へ滲み出した状態です。肺胞の中に液体成分が貯まるため、肺で酸素の取り込みが障害されて重症化すると呼吸不全に陥ることがあります。
臨床症状:肺水腫の主な症状は呼吸困難です。仰向けになると息苦しくなるため起き上がって座りたくなったり、夜中に突然息苦しくて目が覚めたりします。また、のどの奥でゼーゼーという音がしたり、ピンク色の泡のようなたんが出ることがあります。進行すると皮膚や口唇は紫色になり、冷や汗をかいて血圧が下がり意識状態が悪くなることもあります。
診断:診断は胸部エックス線画像で典型的な画像であれば容易ですが、典型的でない場合には様々な検査を組み合わせる必要があります。
【表2】日本循環器学会急性・慢性心不全診療ガイドライン(一部抜粋)
1.1 心不全の定義:
心不全とはなんらかの心臓機能障害,すなわち,心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果,呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し,それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群
2.1 自覚症状:
左房圧上昇による肺うっ血の症状として,「初期においては労作時の息切れや動悸,易疲労感を呈するが,安静時には無症状である.重症化すると夜間発作性呼吸困難や起座呼吸を生じ,安静時でも動悸や息苦しさを伴う」
本患者は浅くて速い呼吸を呈し、かつ夜間に呼吸困難が認められたことから心不全の臨床症状に適っており、心不全→肺水腫→呼吸困難の図式があてはまります。犬の安静時の呼吸数は25回/分以下とも言われ、それが40回/分以上であれば肺水腫の可能性が極めて高くなります。30回/分以上の犬に対し、胸部レントゲン像で肺野を評価すると、呼吸数が少ないときと比較して肺野の不透過性が亢進していることにしばしば遭遇します。しかしながら、心不全の臨床症状=肺水腫でしょうか。僧帽弁の腱索断裂による急性心不全症状でない場合には、重症化する前に何らかの臨床症状があったと考えられます。それが、呼吸様式の変化や運動不耐性であったかもしれません。よって、この患者のように重症化する前に動物病院でもそのようなことを見破らなければなりません。
心不全の運動不耐性は、飼い主はもちろん獣医師にとっても評価がしにくい項目です。その症状が一般的な老化現象とみなされることや、整形外科疾患や甲状腺機能低下症などによる臨床症状と誤解される可能性もあるからです。近年、心不全の運動不耐性の発現機序要因の一つとして、骨格筋への栄養ならびに血流不足が認識されています。この患者はBCSがやや低いため悪液質【※1】に陥っていないかの確認が必要です。
【※1】 心不全が進行すると、栄養の吸収・貯蓄・利用が障害されるために、筋力低下および体重減少を来す心臓悪液質という状態になり心不全治療に対する効果も減弱してしまいます。悪液質は、心不全に限った病態ではなく、悪性腫瘍、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎臓病などの患者でもみられます。
我々がMRの心エコー検査で重要視している項目はE波の高さで、110cm/secを目安としています。この値が高い場合は高確率で肺水腫が現に存在しているか、近日中に発現すると予測します。本患者のE波は118cm/secであり、非常に増高していると判断しました。我々は、臨床現場において肺水腫が発現した時点で治療がかなり後手に回ったと考えております。ですからそのような状態にさせないかを日々考えて治療計画を立てています。
項目ごとに解説します。
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経過観察(このまま様子をみる):
繰り返しますが本患者は緊急性が高いため、何かしらの追加治療が必要です。
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フロセミド錠を増量する:
肺水腫改善の緊急性と腎機能検査値(SDMA)が基準値内であるため、利尿剤の増量は有用性があると考えられます。しかし、長日的には腎機能が低下する可能性もあり注意が必要です。緊急性がさらに高い場合は、内服よりも効力があるフロセミド注射剤を選択すればよいでしょう。
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ピモベンダン錠を増量する:
我々が過去に行った研究1では、ピモベンダン0.5 mg/kgまでは安全に増量できる可能性のあることが示唆されました。
それ以上の増量は調査していませんが、動物の体重が減少し結果的に0.5 mg/kg以上になることはあります。また、心拍出量増加に伴い腎血流量増加も期待できますので、腎臓機能を維持するために利尿剤投与例にピモベンダンの増量を併せて検討することがよくあります。
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ACEIを追加する:
多くの先生方が、他剤の増量追加と併せてACEI追加を選択されました。ACEIはバランスよく前負荷・後負荷を軽減させる薬剤です。よって肺水腫を良化させた後の維持期に使用すれば良い効果をもたらすと考えます。ただし肺水腫を起こしている現状でACEIのみの追加では目に見える臨床効果は乏しいことが予想されます。なお、ACEIには輸出細動脈への拡張作用は認められますが、輸入細動脈への拡張作用は殆どないことが知られています。そのため糸球体内圧が低下し、糸球体の保護に働きますが、糸球体ろ過量を低下させる可能性があります。使用時にはBUNやCre値を注意深く観察する必要があります。また我々の研究では、ACEIが、頻脈誘発性心筋症の犬に認められる心筋壊死とそれに起因する心収縮能低下を有意に抑制し、心筋保護(抗リモデリング効果)に働くことを証明しました。この患者は心筋トロポニンIが高値(1.525ng/mL)のため心筋傷害が示唆されます。よって、心筋保護を期待してACEIの追加は肯定できると考えられます。本来はここまで臨床症状が発現する前段階(ステージ)からACEIを使用すべきであったと考えます。我々は、ステージB1であっても弁変性や逆流量が増加する傾向が認められたら、ACEIを投与しています。
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上記以外の薬剤を追加する:
薬剤は多い順に、スピロノラクトン、トラセミド、ニトログリセリン製剤、アムロジピンと続きました。フロセミドを服薬しているにもかかわらず肺水腫が発現していることなどを理由に約3割の先生が他の内服利尿剤を選択されました。確かにフロセミドを中~高用量かつ長期使用した際には、腎臓の遠位尿細管ならびに集合管における水分の再吸収が亢進するため、フロセミドの利尿効果が減少することがあります。それゆえ遠位尿細管以降の部位に効果を及ぼすスピロノラクトンとフロセミドにスピロノラクトンの効果を併せ持つような作用を示すトラセミドの追加も考えられます。しかしながら、スピロノラクトンはステロイド系という特徴【※2】から即効性に欠けますので、本患者の維持期での使用がよいかもしれません。一方、トラセミドはフロセミドよりも一般的に効果が強いので、難治性肺水腫の治療薬として好まれると考えます。ただしトラセミドは半減期が長いため数週間以上の長期投与により薬剤蓄積が発現し、「効きすぎ」=「腎臓への負荷」が大きくなることがしばしば認められます。
【※2】 心不全が進行すると、栄養の吸収・貯蓄・利用が障害されるために、筋力低下および体重減少を来す心臓悪液質という状態になり心不全治療に対する効果も減弱してしまいます。悪液質は、心不全に限った病態ではなく、悪性腫瘍、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎臓病などの患者でもみられます。
よってトラセミド使用時には腎臓機能のモニターは欠かせないと考えます。
ニトログリセリンは硝酸系薬剤であり、古くからうっ血による急性心不全の治療薬として使用されています。多くの先生方が気にされる硝酸塩耐性は、硝酸がNOに変化するためのSH基の体内における枯渇が原因の一つとされていますが、これは休薬によって回復します。よって、急性期(3日以内)の使用に限定するのであれば、ニトログリセリンの使用を躊躇する必要はないと考えます。
Caチャネルブロッカーであるアムロジピンは、同系統のジルチアゼムと異なり、効果的な血管平滑筋の拡張作用を有しながら、心筋に対する陰性変時ならびに陰性変力作用を示さない特徴をもつ薬剤です。我々の研究では、左心房圧ならびに末梢血管抵抗の低下作用は、ACEIよりも強いという結果が得られています。ただし本薬剤も即効性にやや欠けますので、本患者の維持期での使用が良いかもしれません。
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投与中の薬剤(フロセミド錠・ピモベンダン錠)を中止もしくは減量する:
他剤増量・追加に伴わない減量・中止は、大きな制限や副作用がない限り必要ないと考えます。
【設問2】「薬物療法以外の指示があれば記入してください。」の集計について
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酸素管理をする:
酸素管理は諸事情があり選択できないこともあるでしょうが、このような患者は呼吸努力を軽減することで動物の身体も楽になりますので酸素管理下におきながら治療を行うべきと考えます。ただし、入院から退院にむけてのプロセスにおいて、入院中の酸素が高濃度であった場合は、退院に向けて徐々に酸素濃度を下げていく工夫も必要です。
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食事の変更を指示する:
急性期には行わず、維持期における食事の変更は試みても良いかもしれません。多くの心臓病用療法食は、悪液質【※1】対策のためにタウリン、オメガ3脂肪酸などを含有しています。また、前負荷対策のために塩分制限もされています。我々の研究において、高度の塩分制限食はMR犬のレニン‐アンジオテンシン‐アルドステロン系(以下RAAS)を逆に活性化させるというデータが得られており、これは他の研究者との結果とも概ね一致しています。一方、軽度の塩分制限食ではRAASの活性化は認められませんでした。つまり敢えて高度塩分制限の心臓病用療法食にこだわることは逆にデメリットになる可能性もあるので注意が必要です。ゆえに軽度の塩分制限から徐々に開始すればよいと考えます。
【※1】 心不全が進行すると、栄養の吸収・貯蓄・利用が障害されるために、筋力低下および体重減少を来す心臓悪液質という状態になり心不全治療に対する効果も減弱してしまいます。悪液質は、心不全に限った病態ではなく、悪性腫瘍、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎臓病などの患者でもみられます。
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飲水制限を指示する:
難治性の肺水腫に対して飲水制限は確実な効果を発揮しますが、飲水制限を行う場合は尿量の確認は必須と考えます。また、維持期には約50ml/kg/dayとなるように利尿薬をはじめ処方薬とのバランス(肺水腫 vs 腎不全)が重要です。しかしながら入院中に飲水制限しても退院後の自宅でそれが守られないことが散見されます。利尿薬による飲水渇望を飼い主が制限できないことが理由なので、インフォームドコンセントが重要になります。また、給水回数が1~2回の場合には、一気に飲水するため時間当たりの飲水量が過剰となり急激に前負荷が増加し肺水腫が引き起こされることも経験しています。飲水制限はメリットとデメリットがあることを理解しなければならないと考えます。
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検査を追加する:
心電図検査と記述された先生が14名いらっしゃいました。心不全のコントロールを難しくする要因として、不整脈があります。先述しましたが患者は心筋トロポニンIも高値であるため、不整脈発現の基質である心筋傷害の存在は確実です。
MRの犬では、上室期外収縮をはじめ上室由来の頻拍性不整脈(上室頻拍や心房細動)を併発することは珍しくありません。よって不整脈を確認したら、それに対する治療も考慮します。また本患者は、興奮時に心拍数が200bpm以上となります。頻脈時には心室拡張期時間が通常時よりもかなり短縮されますので、心房に血液が貯留しがちになります。それにより心房圧が高まり肺水腫が引き起こされます。この場合は心拍数を少なくする治療が必要になります。
また腹部エコー検査と記述された先生方が50名いらっしゃいました。エコー検査は腹部腫瘍、肝臓や脾臓という臓器うっ血、そして腹水などを確認するツールとして有効と考えます。心疾患に関連する臓器うっ血や腹水貯留であれば右心不全ということになりますので、これらを加味した治療が必要です。
バイオマーカー測定と記述された先生方が16名いらっしゃいました。主にANPが心房、NT-pro BNPが心室の伸展負荷により高値を示すため、この時点での測定は、今後の治療に対する心筋の伸展負荷を軽減できたか否かを確認するためのプレ値を知るには有効かもしれません。
まとめ
肺水腫を発現して来院する患者でも食欲や見かけの活力があることもあります。しかしながら、実際には緊急性が高いことを認識する必要があります。緊急期治療と維持期治療に分けて治療薬を決定すべきと考えます。治療法の選択はいくつもありますので、今回の調査結果ならびに解説が先生方の診察に少しでもお役にたてれば幸いです。
引用文献
1. Suzuki S, Fukushima R, Ishikawa T, Hamabe L, Aytemiz D, Huai-Che H, Nakao S, Machida N, Tanaka R, 2011, The effect of pimobendan on left atrial pressure in dogs with mitral valve regurgitation , J Vet Intern Med., 25(6):1328-1333.
2. Suzuki S, Fukushima R, Ishikawa T, Yamamoto Y, Hamabe L, Kim S, Yoshiyuki R, Machida N, Tanaka R, 2012, Comparative effects of amlodipine and benazepril on Left Atrial Pressure in Dogs with experimentally-induced Mitral Valve Regurgitation BMC Vet Res., 8(166)
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先生方が日常診療でよく遭遇する症例について、全国の先生方がどのような治療方針で臨まれているかを共有できる場です。設定された症例に対して多くの先生方から処方などのご意見をいただき、集計。出題・監修をいただいた先生に解説していただいています。
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