第8回 VET向け症例検討会 page01
集計結果と解説
僧帽弁閉鎖不全症の犬において、重度の左心拡大と肺水腫が認められる症例
【出題・監修】福島 隆治 先生(東京農工大学 動物医療センター長)
【症例】チワワ 11歳1カ月 雄(去勢済み)2.4kg
- 身体所見
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BCS:2.5、心拍数:(安静時120bpm-興奮時220bpm)、呼吸数:30回/分
- 飼い主からの稟告
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元気で食欲には異状ないようだが、呼吸が浅く回数が多い、お腹が丸く張っている。
- 治療歴
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昨夜から呼吸困難が認められ、本日それを主訴に来院した。
- 投薬状況
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フロセミド2mg/kg bid、ピモベンダン0.25mg/kg bid
2週間前から処方(それ以前は無投薬)。 - フード
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シニア用ドライフードを基本的に与えている
- 心雑音
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Levine Ⅳ/Ⅵ
- 胸部X 線所見
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VHS:12.9
肺野の不透過性亢進:(+)後葉部に顕著な左心房拡大による気管挙上あり
- エコー所見
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LVIDd(mm) 26 LVIDs(mm) 13.7 LVIDdN 2.0 FS(%) 47.3 LA/Ao 2.38 SV(mL) 7.7 CO(L/min) 1.32 E(cm/sec) 118 A(cm/sec) 80 E/A 1.48 e'(cm/sec) 8 E/e' 14.75 PEP/ET 0.35 最大MR流速(m/sec) 5.1 最大TR流速(m/sec) 2.3
- 血液検査結果
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白血球数(10²/μL) 177 赤血球数(10⁴/μL) 562 ヘマトクリット(%) 38.3 血小板数(10⁴/μL) 15.4 グルコース(mg/dL) 139 尿素窒素(mg/dL) 28.5 クレアチニン(mg/dL) 1.2 総コレステロール(mg/dL) 165 総ビリルビン(mg/dL) 0.5 総蛋白(g/dL) 6.5 ALB(g/dL) 3.2 ALT(U/L) 87 ALP(U/L) 225 ナトリウム(mEq/L) 150 カリウム(mEq/L) 4.5 クロール(mEq/L) 114 SDMA(μg/dL) 13 cTn(I ng/mL) 1.525 血圧 収縮期/拡張期(平均)120/98(106)mmHg
提示症例のポイント
僧帽弁閉鎖不全症(以下MR)は、犬の心疾患で最も多く認められるものです。本疾患は、ワクチン接種時の健康診断で発見されることもありますが、今回のように呼吸様式の異常、発咳、運動不耐性を稟告として来院することもあります。
この患者のポイントは、①浅く頻回の呼吸数(呼吸困難)、②心臓拡大、③肺水腫です。また、ボディコンディショニングスコア(BCS)2.5であることや、腹部が丸く張っているなどMRに何らかの疾患が併発している可能性もあります。
診断へのアプローチ
2019年改定ACVIMコンセンサスガイドライン(以下ガイドライン)ではステージB2が主に論議されていますが、ステージCならびにDに関しては、実臨床に携わる獣医師の判断と考えが往々にして治療手段に直結します。ガイドラインでは治療がマニュアル化され重宝されていますが、重要なのは「患者の疾患名」を基礎とした治療ではなく、「患者の病態」に対する治療を行うことではないでしょうか。今回は上記を踏まえて解説していきます。
この患者は他院からの紹介で来院しました。初診時に重要と考えられることを示します。
①最も重要なのは緊急性を判断することです。そのために呼吸数測定や比較的簡便かつ信頼性の高い呼吸器機能を推し量る検査が必要です。
②発咳(発咳のような仕草)の有無を飼い主から確実に聴取する必要があります。中~高年齢の小型犬における発咳の原因として、MR以外にも気管虚脱、気管支炎などの頻度が高いと考えられるからです。
③服薬状況の確認です。紹介元病院で既に処方された薬剤の投与量などを正確に把握しなければなりません。さらに、飼い主が決められた薬剤量と時間を遵守していたか否かを把握することも今後の治療計画を立てる上で非常に重要です。
④MRの病態が現時点で身体にどのように影響しているかの確実な理解が必要です。
⑤現在の臨床症状の発現がいつ頃からか、その強度に変化はあるか、発現のきっかけに関して何か思い当たることがあるかなども把握しなければなりません。
⑥MRに関連あるいは/および併発している疾患の有無も探らなければなりません。併発疾患を有している場合は、それらの疾患に対する治療の「足し算」を行うことになるかもしれませんし、意外と思われるかもしれませんが「引き算」を行う必要があるかもしれません。