第7回 VET向け症例検討会 page02


集計結果と解説
僧帽弁閉鎖不全症の犬において、軽度の左心拡大が認められる症例

【出題・監修】福島 隆治 先生 (東京農工大学 動物医療センター長)
【症例】ビションフリーゼ 12歳6ヵ月雄(去勢済み)8kg


【設問1】「提示症例において、まず先生がお考えになる治療方針を下記から選択してください。」の集計について

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多くの獣医師の皆さまが、症例のこの時点で治療を開始することを選択されていました(62.7%)。また、あるいは薬物治療と食事の変更を行う、あるいは食事の変更のみを行うという先生方も多いという結果が得られました。

経過観察を選択された先生方は12.2%でした。経過観察(このまま様子をみる):咳が増えてきたり元気がなくなってきたら来院するように指示するというものが最も多く、次いで1あるいは2ヵ月後に再来院を指示するものが多いという結果が得られました。

アメリカ獣医内科学会(ACVIM)において示されている「犬のMRに対する分類(ACVIM分類)」の治療ガイドラインを目にされたことがあると思います。このガイドラインにおけるステージBとステージCの区分は心不全症状(運動不耐性など)の有無と当初解釈されていましたが、最近ではステージB2とステージCは肺水腫の有無で区分され、ステージB2には心不全症状が含まれると解釈されています。肺水腫(ステージC)が引き起こされるまで放置していた患者の治療には非常に苦慮しますし、肺や腎臓など他臓器にすでに多大な影響がもたらされています。なにより、自分自身(人間)に置き換えると肺水腫以外の臨床症状が認められたら早期であっても治療を始めてもらいたいものです。

よって、人の言葉を喋ることができない犬の代弁は、飼い主様からの稟告が重要になることに異存はないと思います。今回、飼い主様から得られた「興奮時に時々咳のような仕草をする」そして「運動も年相応と感じている」という稟告が、何を意味しているかを考える必要があります。本症の臨床症状には間違いなく発咳や運動不耐性が挙げられます。発咳なのか嘔吐なのか?運動も年相応とのことだが、なにを基準としたか?が重要です。

薬物療法を開始する:ACE阻害剤(ACEI)のみが最も多く(50.4%)、次いでピモベンダンのみ(20.8%)、そしてACEI+ピモベンダン(18.8%)の順でした。本症例に対する治療薬の選択としてACEIあるいはピモベンダンが用いられる可能性が高いことが分かりました。あくまでも経験上ですが、どちらの薬剤でも、「興奮時に時々咳のような仕草をする」=発咳、そして「運動も年相応と感じている」=運動不耐性、であれば症状は改善されると思います。

それでは、どちらの薬剤がよいのでしょうか?この場合、他の臨床症状あるいは検査値、僧帽弁閉鎖不全症以外に患者が有している疾患に左右されます。

経過観察以外の場合における次回の診察はいつにしますか?:何らかの治療が行われた場合には、多くの先生方が2週間以内の再診をすすめています。我々の研究において、ピモベンダンは、有意な左心房圧を低下させるのにおよそ3日間を要しました。薬剤の効果あるいは副作用の有無を判断するには適切な期間と考えます。

また、循環器疾患治療を得意とする二次診療施設に紹介するという回答が38名もありました。この理由として、精査目的ならびに外科的対応の有無が含まれていました。


【設問2】「このケースでは、どのような検査の追加を考慮されますか。」の集計について

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「追加検査はしない」という回答が58.6%であり、「追加検査をする」という回答が41.1%でした。今回出題した症例は、心エコー図検査、X線検査、一般血液検査を実施しています。このため、これ以上検査を実施するとコスト増となることから、「追加検査はしない」と選択された先生が多かったのではないでしょうか。ただ現在の病態を把握し今後の治療計画を立てる上で必要な検査について解説したいと思います。

追加検査をすると回答した先生方において、心臓バイオマーカー測定(22.8%)、心電図検査(14.4%)、血圧測定ならびに尿検査(いずれも12.6%)、そして腹部エコー検査あるいは腹部レントゲン検査(8.2%)の順で回答数が多いという結果が得られました。心臓バイオマーカーにはANP、NT-ProBNP、そしてトロポニンI( c T n I )が挙げられます。主にA N Pは心房から、NT-ProBNPは心室から、伸展刺激(負荷)により分泌され血中濃度が上昇します。

よって、これらが高値であれば負荷が既に生じていると判断できます。ただし、腎機能の低下により血中濃度が上昇する傾向にあることに注意を有します。一方、cTnIは、患者の心筋に何らかの障害が存在すると、心筋細胞内から流出し血中濃度が増加します。

よって、心疾患を有しているが症状がはっきりしない(稟告からは読み取ることが難しい)患者の、心筋の状態を知るために有用なバイオマーカーとなりえます。cTnIが髙値を見る場合は、抗リモデリング作用を有するACEIの投与に関して、整合性がもてると思います。回答された心電図検査に関して、主に不整脈の有無を見るために行うものと推測します。

やはり、期外収縮などが明らかな場合は、前述のcTnIと合わせて心筋の状態を把握して、それを治療につなげる必要があります。皆様の回答では3番目に多かった血圧検査ですが、これは是非ともに初診時から積極的に実施していただきたい検査となります。高血圧は徐々に臓器障害を引き起こします。血圧が高い場合は、僧帽弁閉鎖不全症の有無に関わらずACEIやCaチャネルブロッカーによる治療対象となります。

また、血圧が低い患者に対して、血管拡張作用を有する薬剤の投与は要注意となります。ACEIはもちろんのこと頻度は低いもののピモベンダン投与時にも低血圧症状(食欲不振、嘔吐、活力低下、腎機能低下など)が認められることがあります。

よって、治療前後による血圧測定は非常に重要です。今回、3%と低い回答であったSDMAやシスタチンCに私は注目します。SDMAやシスタチンCは、糸球体ろ過量が平均40%喪失した時点で上昇するとされます。

僧帽弁閉鎖不全症の有無に関わらず、SDMAが高い場合、治療対象になると思われ、腎保護効果を期待してACEIを用いるケースもあり、選択される薬剤は、心不全治療薬とオーバーラップすることが多いです。

また、うっ血所見が認められる患者に対しては、利尿薬の投与が必要となることがあります。このような患者に対して、BUNやCreの値が正常値であっても利尿薬を投与後、腎機能の急激な悪化を見る場合があります。このような場合SDMAやシスタチンCの測定も治療選択の一助になります。

本患者に関して、幾人かの先生が、BCSや多飲多尿の存在から、副腎皮質機能亢進症の存在を気にされていました。腹部エコー検査やコルチゾール測定により除外すべきでしょう。もし、副腎皮質機能亢進症が存在し、トリロスタンやミトタンなどにより加療が行われる場合には、ACEIは通常慎重投与となります。また、副腎皮質機能亢進症の患者で心室内腔が狭い場合、ACEIを投与すると腎機能が悪化することがあります。このような場合は、ACEIの投与を中止しピモベンダンあるいは/およびアムロジピン(高血圧時)を使用します。
※副腎皮質機能亢進症の患者において心室内腔が狭くなる理由は、高血圧や胸腔内狭小化(肥満、肝臓腫大や心臓周囲の脂肪沈着など)が考えられます。


【設問3】「このような症例は、1 ヵ月に何頭くらい診察されますか?」の集計について

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皆様の病院には本症例のような病態の犬が、初診や再診を含め1ヵ月に5頭以内(68.3%)の頻度で来院しているという結果が得られました。この数字が大きいのか小さいのかは個々の病院における総来院数から判断すべきでしょうが、小さくはないと思います。


まとめ

僧帽弁閉鎖不全症は、飼い主からの稟告をよく聴取し、そこから心エコー図検査や血圧測定を行い、病態を見極めることが重要です。その結果から、治療計画を組み立てご家族に納得していただきながら、実際に治療を行うことが大切です。

本症例は、ACVIMのステージ分類ではB2に相当し、臨床症状やこれまでの私の経験から治療開始すべき段階であると考えています。ステージB2はRAA系や交感神経系の活性化により心臓の代償機能が亢進しています。このため心負荷をとり心臓を休めることが必要です。

血管拡張作用による心負荷軽減が期待できるACEI、中でも心拍数を抑えることが期待できるアラセプリルなどは選択肢の一つと思います。また、僧帽弁の肥厚、cTnI値が高値などの条件があれば、抗リモデリング作用を期待して、ACEIの使用を提案いたします。

今回の調査結果が皆様の診療にお役に立てれば幸いです。


血圧の測定について

東京農工大学では、僧帽弁閉鎖不全症の犬の診察時には、必ず血圧測定を行っています。

我々が使用している血圧測定器

動物用血圧計 ペットマップ グラフィック II(株式会社AVS)
動物用非観血血圧計 BP100D(フクダエム・イー工業株式会社)

信頼性の高い、血圧値を得るための測定テクニック

1.測定部における周囲長の30~40%幅である適切なカフを選択する。

2.カフ設置部やセンサー設置部の被毛状態を確認し、必要であれば何らかの処置を講じる。(超音波ドプラ法やフォトプレチスモグラフィ法であれば必須)

3.最初にカフを前肢あるいは尾部など測定部に設置する。

4.動物を落ち着かせる意味で、カフを設置したまま暫く(5分~)その状態に慣れさせる。(この間に稟告の聴取や、血圧測定器の設定を行う)

5.測定体位は、可能の限り保定が不必要な体位とし、カフと心臓の位置が同じ高さになるようにする。
※興奮する猫は、持参のキャリー内に入れ照明は薄暗くする。

6.主観的に落ち着いたと判断したら、血圧測定を開始する(多くの動物において測定中に、心拍数が徐々に低下し安定する現象が認められる。これを、動物の安静下の指標とすることも可能である)

7.モニターや印字プリントが付属している場合は、各測定法で得られる理想的な圧波形と測定によって得られた圧波形が類似しているかを確認する。

8.少なくとも3から5回の測定を行い、測定値の変動が5㎜Hg以内であるものが3回得られるまで繰り返す。

【動物用非観血血圧計 BP100D 】
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【動物用血圧計ペットマップ グラフィック II 】
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