【出題・監修】福島 隆治 先生 (東京農工大学 動物医療センター長)
【症例】ビションフリーゼ 12歳6ヵ月雄(去勢済み)8kg
BCS:4、心拍数:132bpm、呼吸数:24/min全身状態は良好。
元気食欲に異常なく、運動も年相応と感じている。ただ最近、多飲多尿気味で体重は少し増加しており、興奮時に時々咳のような仕草をする。
前立腺肥大(治療:去勢手術)、肛門周囲腺腫、尾部アポクリン腺囊胞
特になし
シニア用ドライフードを基本的に与えているが、人のごはんを与えることが時々ある
Levine Ⅲ/Ⅵ
VHS:10.5肺野の不透過性亢進:(-)左心房による気管挙上ややあり
【図1】本症例の胸部X線所見。
【図2】右側傍胸骨左室短軸像:腱索レベル。
LVIDd(mm) | 32.1 |
---|---|
LVIDs(mm) | 17.9 |
LVIDdN | 1.84 |
FS(%) | 44.1 |
LA/Ao | 1.6 |
LA/AoSV(mL) | 17.4 |
CO(L/min) | 1.78 |
E(cm/sec) | 99 |
A(cm/sec) | 100 |
E/A | 0.99 |
e’(cm/sec) | 8.7 |
E/e’ | 11.4 |
E/e’PEP(ms) | 61 |
ET(ms) | 234 |
PEP/ET | 0.26 |
最大MR流速(m/sec) | 5.95 |
白血球数(10²/μL) | 64 |
---|---|
赤血球数(10⁴/μL) | 761 |
ヘマトクリット(%) | 49.2 |
血小板数(10⁴/μL) | 20.3 |
グルコース(mg/dL) | 109 |
尿素窒素(mg/dL) | 12.6 |
クレアチニン(mg/dL) | 0.5 |
総コレステロール(mg/dL) | 350 |
総ビリルビン(mg/dL) | 0.2 |
総蛋白(g/dL) | 6.0 |
ALB(g/dL) | 3.1 |
ALT(GPT)(U/L) | 74 |
ALP(U/L) | 255 |
ナトリウム(mEq/L) | 149 |
カリウム(mEq/L) | 4.2 |
クロール(mEq/L) | 108 |
僧帽弁閉鎖不全症は犬の心疾患のうち最も多く認められるものです。本症例のように顕著な心不全症状を示さず、健康診断や他の疾患の受診の際に、聴診で僧帽弁閉鎖不全症の存在を認識される場合も多いのではないでしょうか?
この症例のポイントとしては、①興奮時に時々咳のような仕草をする、②軽度の心拡大が存在する、③心臓による気管挙上がやや認められる、ということではないでしょうか?
また、飼い主様は症例の運動能力を年齢相応と考えているようです。しかしながら、ボディコンディショニングスコア(BCS)が4であることや、飼い主様からの稟告では多飲多尿傾向を示すとのことから、僧帽弁閉鎖不全症に何かしらの疾患が併発している可能性もあります。
まず、発咳(発咳のような仕草)の原因を特定(確定)する必要があります。中~高年齢の小型犬における発咳の原因として、僧帽弁閉鎖不全症以外にも気管虚脱、気管支炎などの頻度が多いものと思われます。心疾患を有する犬で発咳が認められた場合に、その原因をとにかく既存する心疾患と決めがちです。これにより、心疾患に対する治療を適切に行ったとしても、臨床症状が改善しないという事象に結びつき、やみくもに投薬の種類や用量が増えていくことにつながります。
また、本症例は僧帽弁閉鎖不全症を有していますが、それが患者にどのような影響を及ぼしているかを確実に理解しなければなりません。影響は比較的安易に目につきやすかったり、なかなか気づかないうちに進行したりします。そして、僧帽弁閉鎖不全症とは別の疾患を併発している可能性も探らなければなりません。併発疾患を有している場合は、それらの疾患に対する治療の「足し算」を行うことになるかもしれませんし、意外と思われるかもしれませんが「引き算」を行う必要があるかもしれません。
往々にして疾患に対する治療は、マニュアル化されそれが重宝されますが、重要なのは「患者の疾患名」を基礎としたそれに対する治療ではなく、「患者の病態」に対する治療を行うことでしょう。