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第6回 VET向け症例検討会 page02

作成者: Vet-i Ch|Sep 29, 2024 3:30:00 PM

集計結果と解説
片眼にぶどう膜炎を伴う角膜潰瘍を生じた症例

【出題・監修】アニマルアイケア・東京動物眼科醫院 院長 小林 義崇 先生
【症例】パグ 13歳4ヶ月 メス(避妊済み)

【設問1】左眼はぶどう膜炎を伴う角膜実質潰瘍と診断されます。
潰瘍の悪化原因として主に疑われるものは何ですか?の集計について

角膜潰瘍の原因は、過度な角膜上皮の喪失と、角膜上皮の保護や再生力の低下に大別されます。角膜上皮の喪失を引き起こす要因としては、外傷や眼瞼内反、睫毛異常、異物、ステロイド点眼や点眼薬が含有する防腐剤による角膜障害が挙げられます。角膜上皮の保護や再生力の低下は、ドライアイや兎眼、緑内障による眼球拡大、顔面神経麻痺、角膜変性症に加えて、糖尿病やクッシング症候群などの全身性疾患も要因となることがあります。さらに潰瘍に感染が併発すると急激な悪化を引きおこします。角膜潰瘍は、単一の要因ではなく複数の要因が関連していることも多いため、全ての可能性について検討する必要があります。

睫毛異常には、眼瞼結膜から発毛がみられる異所性睫毛、マイボーム腺開口部から発毛がみられる睫毛重生、発毛の位置は正常ながら眼瞼内反などに伴い睫毛(被毛)が角膜を刺激する睫毛乱生があります。睫毛重生は多くの犬で認められますが、よほど硬い睫毛でない限り角膜障害をひきおこすことはありません。一方で異所性睫毛や睫毛乱生は多くの場合角膜障害を生じます。本症例では異所性睫毛や睫毛重生は認められませんでしたが、内眼角の内反に伴い睫毛乱生が認められました【図7】

パグなどの短頭種では、内眼角の睫毛乱生に上述した兎眼【図6】ドライアイ(蒸発型および涙液減少型)が加わることが要因となって、他犬種よりも約20倍も角膜潰瘍に罹患しやすいことが報告されています。本症例でもこれらは悪化要因となっていると考えられます。

顔面神経麻痺や三叉神経麻痺は、それぞれ神経麻痺性角膜炎、神経栄養性角膜炎とよばれる角膜障害を引きおこします。幸い本症例ではこれら神経麻痺の徴候はありませんでしたが、中耳炎がある場合や顔面や頭部の手術後などは特に注意が必要であり、神経原性ドライアイを伴って急激に重篤な角膜潰瘍を生じる事があります。

SCCEDs(自然発生性慢性表層性角膜欠損症)は、難治性角膜潰瘍やボクサー潰瘍、再発性角膜上皮びらんとも言われ、角膜上皮下の基底膜の異常により角膜上皮接着不良が生じる病態であり、詳細な原因はまだわかっていません。他に明らかな原因がないにもかかわらず角膜上皮の接着不良がみられることからSCCEDsと診断しますが、本症例のように明らかに他の原因がある場合はSCCEDsではなく、また本症例のように角膜実質に至る潰瘍に進行することもありません。今回の結果では比較的多くの先生が角膜上皮接着不良を悪化原因に挙げていますが、このような症例に安易に角膜切開術を実施してしまうとかえって重篤化してしまうため、十分な注意が必要です。他に明らかな原因が認められず、かつ上皮のみの潰瘍を繰り返す場合にのみ、SCCEDsを疑うように心がけて下さい。

感染性角膜潰瘍には、細菌性のほか、まれではありますがカンジダなどによる真菌性やヘルペスウイルスなどによるウイルス性があります。細菌や真菌の検出にはブラシサイトロジーが有用であり、大きさや形態とグラム染色性からある程度の菌種の予測が可能であるため、積極的に実施すべき検査です。詳細は梅田先生監修の『感染症チャート』を御参照下さい。

【設問2】治療を開始するにあたって、追加するべき検査として何を考慮しますか?の集計について

角膜ブラシサイトロジーにより感染が疑われる場合には、細菌培養検査および薬剤感受性試験を実施することが望ましいでしょう。検査結果には数日を要するため、初期治療はブラシサイトロジー結果に基づいて菌種を予測してエンピリック治療(予測治療)を行い、薬剤感受性試験の結果によりディフィニティブ治療(確定治療)に切り替えます。

角膜潰瘍には、緑内障やぶどう膜炎、水晶体脱臼など他の眼疾患が関与していることもあります。緑内障による眼球拡大や角膜浮腫、ぶどう膜炎や水晶体脱臼による角膜浮腫は角膜潰瘍を誘発する要因となります。本症例ではこれらの眼疾患の可能性は低いものの、眼科超音波検査隅角検査はこれらの診断に有用であり、侵襲性は低い検査であるため、実施しても悪くはないでしょう。

糖尿病やクッシング症候群などの全身性疾患は、角膜知覚や再生能の低下、易感染性などを引き起こし、角膜潰瘍の発症・悪化要因となります。そのため、重篤な角膜潰瘍を生じている場合には全身スクリーニング検査を実施することが望ましいでしょう。またぶどう膜炎を生じている際に、潰瘍に続発する反射性以外のぶどう膜炎の要因(全身性腫瘍や感染症、免疫異常など)を鑑別するためにも、全身検査は有用です。

【設問3】治療薬としてどのような薬剤をどのような点眼回数で処方しますか?の集計について

本症例では、角膜潰瘍、細菌感染およびぶどう膜炎に対する治療が必要であり、角膜潰瘍と細菌感染に対しては点眼治療を、ぶどう膜炎に対しては内服治療を選択しました。点眼治療には、角膜保護治療としてヒアルロン酸ナトリウム点眼、抗菌薬治療としてロメワンとベストロンをそれぞれ頻回点眼(1時間に1回)を、ぶどう膜炎の治療として内服のNSAIDsを選択し、治療を開始しています。

ヒアルロン酸ナトリウムは、フィブロネクチンと結合することで上皮細胞の接着、伸展を促進し、またその分子内に多数の水分子を保持することによって優れた保水性を示すと考えられています。本症例のようにドライアイも伴っている場合は特に頻回点眼が勧められますが、あまりに頻回の場合は、含有する防腐剤による角結膜障害や、あふれた点眼薬による眼瞼炎にも注意が必要です。

コラゲナーゼやプロテアーゼを抑制することを目的として、アセチルシステイン、EDTA、血清、テトラサイクリン系抗菌薬などを点眼することは、特に融解性角膜潰瘍の場合に有用となります。10-20%のごく高濃度のアセチルシステインやEDTA点眼はかえって角膜上皮障害を生じる可能性があることから、状態に応じて適切な点眼回数にとどめることが重要です。本症例では細菌感染は生じているものの、角膜の融解は顕著ではなかったため、選択しませんでした。

本症例では、ブラシサイトロジーにおいてグラム陽性球菌の感染が認められたことからセフェム系の抗菌点眼薬であるベストロン【図8】を選択し、広域スペクトルをもつフルオロキノロン系の抗菌点眼薬であるロメワン【図9】と併用し、かつ頻回点眼を実施致しました。細菌感染を伴う角膜潰瘍は数日の間に融解性角膜炎や角膜穿孔に至る可能性があるため、頻回点眼による徹底的な初期治療が重要です。しかし抗菌薬自体にはある程度の上皮毒性もあるため、感染が成立していない潰瘍に対して予防的に使用する際には1日3-4回程度の投与にとどめるべきであり、特にアミノグリコシド系の点眼薬は上皮毒性が比較的強いため注意が必要です。また薬剤耐性菌の出現を考慮すると、抗菌薬を漫然と長期に使用するのも好ましくありません。ブラシサイトロジーにより感染の有無を確認することや、初期には広域スペクトルの抗菌薬を用いたとしても薬剤感受性試験の結果に基づいて適切な狭域抗菌薬に変更することなどにより、上皮毒性や薬剤耐性菌を減らすように心がけることが重要です。

ぶどう膜炎に対する一般的な治療法としては、原疾患の特定と除去に加え、ステロイドやNSAIDs、アトロピン点眼などが用いられます。しかし、特にステロイド点眼は潰瘍の治癒遅延を生じ、アトロピン点眼は涙液量の減少を引き起こすことから、角膜潰瘍による反射性ぶどう膜炎の場合にはいずれも慎重に投与する必要があり、必要最低限の投与回数にとどめます。また全身状態が悪くなければ内服や注射による消炎治療も考慮すべきです。

【図8】ベストロン

【図9】ロメワン

【設問4】今後どのような病態に注意する必要がありますか?の集計について

本症例のように細菌感染を伴う角膜潰瘍で、特にコアグラーゼ陰性黄色ブドウ球菌や緑膿菌などのプロテアーゼやコラゲナーゼを産出する細菌感染では融解性角膜潰瘍を生じ、数日から早ければ数時間のうちに角膜穿孔、そして全眼球炎に移行する可能性があります。

また、ぶどう膜炎が持続することにより、周辺部虹彩前癒着や、瞳孔領の虹彩後癒着による瞳孔ブロック、炎症産物の沈着などにより隅角の閉塞を引き起こし、続発緑内障に至る可能性、さらに漿液性もしくは牽引性網膜剥離に至る可能性も考えられます。

【設問5】再診は何日後に設定しますか?の集計について

前述したように早ければ数時間でも穿孔に至る可能性があり、集中治療と頻回のチェックが必要と判断されます。そのため、遅くとも3日以内の再診が必要であり、ご自宅での頻回点眼が難しい場合は入院治療も考慮すべき状態です。徹底的な角膜保護治療と抗菌薬治療を実施しても潰瘍の深層化や角膜融解が進行する場合には、結膜フラップ術など外科的治療を検討すべきであり、眼科専門医への紹介を考慮してもよいでしょう。

提示症例の予後

3日後の再診時には潰瘍は縮小し【図10】、角膜ブラシサイトロジーによる細胞診においても細菌塊が観察されることはなくなりました【図11】。またぶどう膜炎も消失しておりました。その後も長期的にヒアルロン酸ナトリウム点眼による角膜表面の保護治療を徹底することにより、潰瘍や細菌感染が生じにくい環境を整えることで、抗菌薬は短期間の使用にとどめています【図12】

【図10】3日後の再診時。角膜潰瘍は縮小し、ぶどう膜炎も消失している。

【図11】3日後の再診時のブラシサイトロジーでは、細菌は検出されなくなっている。

【図12】約1ヶ月後の再診時。潰瘍は瘢痕化している。

まとめ

角膜潰瘍では、初診時の時点で緊急性を判断し、徹底した検査を実施することによる原因の特定と続発疾患の予測をします。そして今後の見通しをご家族に十分にインフォームすることで、治療法や再診に対して高いアドヒアランスを得ることが重要になります。

本症例では、内眼角内反による睫毛乱生や兎眼、ドライアイをもつ短頭種に、細菌感染が併発した角膜実質潰瘍を呈し、反射性ぶどう膜炎も生じていた状態でしたが、角膜ブラシサイトロジーから判断した抗菌薬によるエンピリック治療を重点的に実施し、角膜融解や穿孔、全眼球炎、続発緑内障に至るリスクを回避することができました。本症例を通して、角膜潰瘍の緊急度や原因の鑑別の重要性、そして適切かつ耐性菌発現のリスクを抑えた抗菌薬の使用法について再考頂ければ幸いです。

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