【出題・監修】アニマルアイケア・東京動物眼科醫院 院長 小林 義崇 先生
【症例】パグ 13歳4ヶ月 メス(避妊済み)
2日前から左眼が急に白濁した。角膜潰瘍と診断され、ヒアルロン酸点眼を開始している。
また、1~2年ほど前から視覚の低下が認められており、網膜変性症と診断されている。
体重7.36kg、元気・食欲に異常はなく全身状態は良好である。
左眼には中等度の眼瞼痙攣と粘性眼脂を認めた。結膜は中等度に充血し、角膜全域にわたる軽度の浮腫と、内眼角に色素沈着を認めた。【図1】
右眼は内眼角の角膜に色素沈着を認め、涙液量がわずかに低下していた。【図1】
右眼 | 左眼 | |
威嚇瞬き反応 | 低下 | 低下 |
眼瞼反射 | 正常 | 正常 |
眩惑反射 | 正常 | 正常 |
対光反射(直接) | 正常 | 正常 |
対光反射(間接) | 正常 | 正常 |
シルマーティアテスト(STT) | 10mm/min | 21mm/min |
眼圧(IOP) | 12mmHg | 13mmHg |
左眼角膜の中央部からやや外背側の位置に、小さなフルオレセイン染色陽性領域を認めた。【図2】
左眼はフルオレセイン染色領域における角膜実質表層に至る潰瘍【図3】と、軽度の前房フレア、フィブリン析出を認めた。【図4】
潰瘍部のブラシサイトロジー検査において、グラム陽性球菌の増殖を認めた。【図5】
本症例では、小さいながらも角膜実質表層に至る潰瘍があり【図2、図3】、前房フレアやフィブリンの析出も認めることからぶどう膜炎も続発するほど炎症が強い状態です。【図1、図4】
パグという短頭種であること、色素性角膜炎があることから角膜がもともと露出していると考えられること、ブラシサイトロジーの結果から細菌感染の併発がみられること【図5】などを考慮すると、数日のあいだに角膜穿孔に至る可能性が高い状態であり、初診の時点から積極的な原因追及および治療を実施すべき症例です。
角膜潰瘍を診断した場合には、重篤度と緊急性の判断に加え、原因の追究と感染の有無を確認します。前述したように本症例では緊急性が高いと考えられ、徹底的な眼科検査とブラシサイトロジーが必須の検査であり、全身検査もすべき状態と考えられました。
症例のプロフィールからは、13歳と比較的高齢であること、パグという短頭種であることを考慮します。老齢であることからは、異所性睫毛の可能性は比較的低いものの、角膜内皮変性やカルシウム変性などの老齢性角膜疾患が生じている可能性があると推察されます。短頭種はそれだけで角膜潰瘍の高リスクであるため、積極的に検査と治療をすすめる必要性を考慮します。
ヒストリーからは、症状の発症が2日前であること、これまでの処方がヒアルロン酸点眼のみであること、すでにほぼ失明していることの3点を考慮すべきです。すでにほぼ失明していることから外傷である可能性も考えられますが、ヒアルロン酸点眼で治療されているにもかかわらず2日間で角膜実質に至る潰瘍になっていることを考慮すると、他の原因が隠れている可能性は高いと判断されます。ステロイド点眼や緑内障点眼など角膜潰瘍の原因となるような薬剤の投与歴はないようです。
威嚇瞬き反応は低下していますが、これは網膜変性症により視覚が低下していることによるものであり、眼瞼反射は正常で、かつ中等度の眼瞼痙攣もみられていることから、三叉神経麻痺や顔面神経麻痺の可能性は低いと考えられます。
左眼のSTT値は正常値のようにみえますが、疼痛がある場合はSTT値が上昇することや、右眼のSTT値が軽度に低下していることを考慮すると、左眼にも涙液減少型ドライアイが存在している可能性は否定できません。また、兎眼であり強膜が露出している割合が比較的高く【図6】、軽度ながら内眼角内反と睫毛乱生がみられること、色素性角膜炎が生じていること【図7】から、少なくともオキュラーサーフェスの異常、すなわち広義のドライアイは生じていると考えられます。
また、潰瘍部のブラシサイトロジーの検査では多量のグラム陽性球菌を認め【図5】、感染が成立していると診断されます。プロテアーゼやコアグラーゼを産出して融解性角膜潰瘍を生じる可能性のある黄色ブドウ球菌などが起因菌として疑われます。
【図1】両眼の内眼角の角膜色素沈着、左眼の角膜全域の浮腫と前房フィブリンを認める。
【図2】左眼の染色陽性領域
【図3】左眼の角膜実質表層に至る潰瘍
【図4】左眼に軽度の前房フレアを認める
【図5】左眼角膜の潰瘍部ブラシサイトロジー検査で、球菌の増殖を認める
【図6】強膜が露出している割合が高く、兎眼を呈している
【図7】内眼角の内反症により、被毛が角膜に接する睫毛乱生を呈し、色素性角膜炎を生じている